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28/5/2550

穴虫 屯鶴峯

すっかり昔になったが、連休最後に探索ということで屯鶴峰へ。
数回訪れているが(一回は夜中 (^^;)なかなか有名な洞穴にはたどり着けなかった。

着いたのは6時過ぎで夕暮れも近い。
時間と戦いながら予想をつけていた尾根道を進み、谷へ降りたところに洞穴があった。

ここは戦時中、日本軍が本土決戦を前に基地を作ろうとした跡とのこと。高さ2m以上、横幅も3mはあろうかという穴が何本もあいているのを見るとその本気さも十分理解できる。出来てから60年以上経っているとは思えないほどだ。

谷はすでに薄暗く、持参したペン型のライトでは洞穴内部を照らすのには役不足だった。
ということで中の探索は次回に。
 
18/5/2550

明日香 石造物と高松塚古墳

「もうこの森」から明日香へ戻り、有名な石造物を探して走る。
田圃の中の亀石、丘陵の脇にある鬼の雪隠、鬼の俎板。
雪隠と俎板で古墳の玄室になっていたとか。
夕暮れの中、高松塚古墳へと向かった。
 
白いテントに囲まれた高松塚では夕方だというのに報道陣が走り回っている。
近くの畑の中には臨時の駐車場が設けられ、報道がチャーターしたタクシーが待機。
どうやら石室の解体が大詰めを迎えているようだ。
慌しい雰囲気に気圧されて写真は撮れなかった。

脇にある謎の祠は相変わらず手厚く祀られている。
主が解体されてもここは変わらない。
 
16/5/2550

明日香 気都和既(けつわき)神社

石舞台から東へ、多武峰方面に向かうと道は上集落の橋の手前で通行止めとなる。この先、談山神社への道は長く整備中となっている。

今回、ゲートが開いていたので橋を渡るとかなり工事は進んでいるようだ。最終地点を確認したかったが途中で作業をしていたため断念。橋上から石舞台方面を眺めると段々畑が繋がっている。

ゲート近くにある気都和既神社には鎌足の伝説が残っている。
境内の森を「もうこの森」と呼ぶそうだが、大化改新で暗殺した入鹿の首に追われて鎌足が明日香からここまで逃げ、「ここまでくればもう来ないだろう」と言ったことに由来するとか。
境内には鎌足腰掛石もあるそうだが、どれだかわからなかった (^^;
鳥居には真新しい注連縄が飾られ大事に護られているのがわかる。

そろそろ夕暮れが近く、雲も出てきた。
14/5/2550

岩戸神社と石舞台

連休前に散策ということで高安山の麓、岩戸神社経由で明日香へ。
新緑の岩戸神社と石舞台古墳。

石舞台へは20年以上前に行ったきり。修学旅行の生徒が多くて、なんか新鮮だった (^^;
普段、人が少ない場所にしか行かないので。
 
ここの石室は本当に広くて高い。 隙間から差し込む光は教会のよう。
往時の姿はどのようなものだったのだろうか。 石棺もどこにいったのか。
興味は尽きない。
10/5/2550

佐紀町 葛木神社と押熊町 アジャンタ

学校行事のついでに佐紀町のパン屋「Mia's Bread」へ。
ここは人気が高く、番号札を取って順番を待たないと買えない。

というわけで空き時間に近くの葛木神社や磐之媛命稜まで散歩。
奈良らしい田園風景が広がっていた。

パンを手に入れたあとは押熊のアジャンタでスープカリー。
やや高いがその分スパイス豊富なカリーである。
 
8/5/2550

私市 八畳岩

しばらく更新が滞っていました。
まだ連休ボケが治ってませんが (^^; ぼちぼち書いていきます。

前回の獅子窟寺探索では奥山まで入れず、今回は八畳岩を目標に再挑戦。
同じく参道の途中に車を停めて、仁王門跡へ。
そのまま寺を経由して八畳岩まで行くと先客がいた。
岩には登り易いよう段が刻んである。
西方に落ちる夕陽が綺麗。

帰宅してから調べるとまだ奥に磐があるらしいので、折を見て再訪したい。