28/5/2551
「日月やぐら」の名前の由来になった穴を撮ってみた。
こっちは「日」
こっちは「月」だと思われる。
藪の中で日がささないため、保存状態は良い。
戻って展望台に向かって少し登ると古びた東屋があった。
今は周囲の樹が育ってしまい、眺めはほとんど無い。
道の脇にはベンチが残っていて、昔は遊歩道として整備されていたのがわかる。
26/5/2551
実は登口の少し上に分かれ道があり、写真のように左「日月やぐら」右「展望台・北條時政南邸跡」の標識があった。
切通は左側だったので、そのまま平坦な道で「日月やぐら」を目指す。
やぐらは南斜面の藪の中にひっそりと残っていた。
初期のやぐらには納骨のための穴があったとのことなので、このやぐらはかなり古いものらしい。
25/5/2551
前回訪れた釈迦堂切通だが、よく見ると上部が平らにみえる。
(ちなみに穴の上部にある窪みは「やぐら」が風化したものらしい)
なんとか上まで行けないかと google map で調べてみると南東に伝北条時政邸跡というのがあり、そこから同じ標高に道が描かれていた。
というわけで、さっそく好天の鎌倉へ。
結果は廃ハイキング道探索になった。
まずは切通を北から越えて時政邸跡の方に向かうが、バリケードで道が塞がれている。
google map には建物が写っているがすでに取り壊され、別の建築計画があるらしい。
バリケードの横は人が通れるよう開いていたのでちょっと失礼して ^^;
道の最後は広場になっている。
その左手に写真のように立入禁止の標識があり裏側が入口だった。
落石等で危険なため制限されているのだがここは自己責任ということで。。。
ついでにここらは私有地らしいが、史跡でもあるため以前は公開されていたそう。
石が置かれた階段を登り左に少し歩くと切通の上に出た。
藪のせいで写真ではわかりにくいが下のアスファルト道まで8m程の高低差がある。
この切通が出来るまではこのように尾根を越えていたのだろう。
当初の目的は果たしたのだが、ここには実に多くの遺構が眠っていた。
現在の観光用パンフレットには一切記載されてないと思われる遺跡を辿る。
22/5/2551
船宿寺の後は南側の小山、船岡山に登る。
山と言っても30m程の小さな丘だが丘陵全体を使って四国八十八箇所が作られている。
大正時代に作られたらしいのだが、名前と場所から船宿寺の縁者が作ったものかも。
写真は傾いた札所と頂上に鎮座する金比羅神社。
だいぶ痛んでいるがまだお参りする方がいるようで参道にも手がはいっている。
もっと荒れていると聞いてたのでちょっと安心。
解散したあとは新庄の宇宙画廊 sora で一服。
相変わらず照明の美しい店だ。
21/5/2551
御所の続きです。
船宿寺の奥は「石楠花の森」となっており淡い花が満開に。
蕾の時は濃い桃色なのだが開くにつれて薄くなるよう。
花の寺と言われるだけのことはある森でした。
20/5/2551
連休中、縁ある神社の御田(おんだ)祭に参列。
稲作の仕事始めに豊作を祈願したのがはじまりだとか。
五月晴れの中、心地よい風の吹くお祭りでした。
直会でくつろいだ後は南にある船宿寺へ。
ここは花のお寺として有名で、境内はカラフル。
吹流しがよく似合う。
19/5/2551
切通からの帰り道に足を伸ばして源頼朝の墓へ。
鎌倉幕府の創始者のはずが非常に質素なものだった。
普通、お寺の中で一族の墓石の中にあるような墓を想像していたのだが、丘の中腹にぽつんと立っている。
地図をみるとこの辺りは法華堂跡ということで、昔は大きなお寺があったのかもしれない。
次は鶴岡八幡宮の摂社、新宮神社へ。
本社の後ろに建っており奥宮のような風情がある。
google map には一本北側の道に小さな隧道が描かれており、そこまで探索したかったが暗くなってきたためあきらめた。
16/5/2551
4月の半ばに訪れた鎌倉。
桜は終わっていたが古都らしく花が多い。
まずは後醍醐天皇の皇子、護良(もりなが)親王が幽閉されていた土牢がある鎌倉宮へ。
格子越しの土牢は手前しか見えず、残念。

少し南へ下って釈迦堂切通へ。
道路の舗装が無くなると大きな切通の下へ出る。
穴の高さは10m程度、上の尾根までは15mぐらいか?
日本最古の隧道?
壁には横穴があり供養塔が収められている。

名前の由来は近くに釈迦堂があったためで、その本尊は今は目黒行人坂の大円寺に安置されているという。
急に身近のお寺が出てきて驚いた。
13/5/2551
嘘です。
知人の慣らしに便乗して伊豆に行ったときの写真です。
左のMT、久しぶりに運転しましたが
怖かったです~
9/5/2551
記念館を出て坂の街を散策。
一の坂から七の坂まで古い坂には番号がついている。
七の坂を上がった丘の上には御霊神社が。
由来は無いが疫病除けだろうか。
古い狛犬が金網に囲まれている。
手前の狛犬は背景が豪快。
富士見坂にも上ったがマンションで富士山は見えず。
そのまま新目白通りに下りて、いつもの Cafe 杏奴でお昼。
その後は代官山の奈良iスタジオに寄り
「鹿男あおによし」の葉書セットをゲット。
学芸大学の「みどりえ」で豆乳鍋。
2月終わりにしては暖かい一日でした。
8/5/2551
2ヶ月ほど更新をサボっている間にすっかり初夏の陽気になりました。
とりあえず元気です。
遡って2月の話です。
マイミクさんと都内をブラブラ、というわけで落合の林芙美子記念館へ。
昭和の中頃に建てられた家がそのまま保存されており
田舎の親戚の家に来たような懐かしさがあります。
下の写真は石の流しの台所です。
実家も昔はこのような台所だったのを覚えています。
庭の風景は古の武蔵野の眺めなのでしょう。