26/06/2008
まだ林の中に史跡が残っているようだったが
日が傾き薄暗くなってきたので退散。
途中に全体の説明と案内板があった。
800年前はどのような景色だったのか。
案内板の下に描かれている山荘はすでに取り壊されている。
階段を降りるとぽっかりと空地。
周囲にはやぐらが点在している。
お墓に囲まれた山荘には泊まりたくない。
すでに空は色を失っていた。
18/06/2008
裏門跡から坂が下へと続いている。
薄暗い林の中をおりると、またまた大きな「やぐら」が。
こちらは「唐糸やぐら」。
初期のやぐらには木の扉が備わっていて、それを後世の人々が土牢と勘違いし
看板に書かれている伝説が生まれたらしい。
確かに下のやぐらには入口の上側に穴らしき跡が見えた。
また、ここのやぐらは中に仏像が建っている。
すっかり風化しているが地蔵尊か。
他では見たことの無い形式が残っている。
11/06/2008
そこから先に進むとまたまた古びた東屋が。
かなり凝った造りになっていて「アトリエ」と呼ばれていたらしい。
今では樹木が育ち過ぎて暗い森となっているが、昔は良い眺めで景色を描く方が多かったのかも。
道は東屋を抜けて続いているが、この先は笹が多いせいもあって進み難く50mほどで引き返した。
近くの衣張山に続く登山道とのことだが長く廃道になっているらしい。
来た道を戻り、太鼓橋の下の部分に続く道を探した。
使われなくなって久しいハイキング道を戻り、太鼓橋の下に回りこむ。
ここは釈迦堂切通が開かれる以前の道のようだ。
高さ3m程の切通になっていて、扉がつけられていた跡もあるという。
今は切通の先に道は無いが、崖の風化具合が歴史を感じさせる。
ここで太鼓橋の裏を見ると、やはり踏み板の下には何も無い。
すでに数年、いや十数年放置されている可能性もある。
次はもっと慎重に渡ろう。
02/06/2008
ここまでの道は植物の侵食はあるものの、特に危ない箇所は無い。
当初から遊歩道としてきちんと整備されていたのだろう。
で、今回一番危険を感じたのは写真の太鼓橋だった。
高さ4mほどの切通部分にかかっており
一見コンクリート製で大丈夫そうに見える。
が、しかし橋桁以外の渡る部分は木製のため、だいぶ痛んでいるようだ。
踏み抜かないように手すりを掴みながら慎重に渡る。
先には洞穴のような北條時政南邸跡があった。
と、言っても館があったようには思えず砦のような状態である。
これも「やぐら」の跡なのか。
中はかなり広い。
焚火にちょうどいいサイズ (^^;