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11/7/2552

鎌倉 名越切通し

夕暮れの名越切通しに着く。

途中に残る岩は馬を通さないためのもの。
 
 
少し歩くと看板が。
 
 
途中は壁のように岩が張り出し通行を制限している。
 
 
壁の上には右側から登れるように作ってあり
上から攻撃ができるようになっている。
やはりここは軍事上、重要な場所だったのだろう。
 
このあとは曼陀羅堂跡に登ったがすでに暗く、まともな写真は撮れず
後日の課題となった。
 
14/6/2552

鎌倉 パノラマ台

なんと4ヶ月ぶりの更新です。
4月から単身赴任も無事に解消され
大阪に戻っています。
ようやくこちらの暮らしも落ち着いてきました。
 
で、溜まったネタを。
 
鎌倉の南側、海の近くの眺望スポット、パノラマ台からの夕日です。
 
 
この日は雲が多く、富士は見えませんでした。
 
 
わかり難いですが遠くに江ノ島が見えます。
 
 
大きな煙突はゴミ焼却所。
 
 
少し暗くなりましたが名越の切り通しに向かいます。
 
26/6/2551

鎌倉 釈迦堂切通探索 その7

まだ林の中に史跡が残っているようだったが
日が傾き薄暗くなってきたので退散。

途中に全体の説明と案内板があった。

 
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800年前はどのような景色だったのか。

 
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案内板の下に描かれている山荘はすでに取り壊されている。
階段を降りるとぽっかりと空地。

 
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周囲にはやぐらが点在している。
お墓に囲まれた山荘には泊まりたくない。
 
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すでに空は色を失っていた。
 
 
 
18/6/2551

鎌倉 釈迦堂切通探索 その6

裏門跡から坂が下へと続いている。
薄暗い林の中をおりると、またまた大きな「やぐら」が。
こちらは「唐糸やぐら」。

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初期のやぐらには木の扉が備わっていて、それを後世の人々が土牢と勘違いし
看板に書かれている伝説が生まれたらしい。
確かに下のやぐらには入口の上側に穴らしき跡が見えた。

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また、ここのやぐらは中に仏像が建っている。
すっかり風化しているが地蔵尊か。
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他では見たことの無い形式が残っている。
 
11/6/2551

鎌倉 釈迦堂切通探索 その5

そこから先に進むとまたまた古びた東屋が。
 
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かなり凝った造りになっていて「アトリエ」と呼ばれていたらしい。
今では樹木が育ち過ぎて暗い森となっているが、昔は良い眺めで景色を描く方が多かったのかも。


道は東屋を抜けて続いているが、この先は笹が多いせいもあって進み難く50mほどで引き返した。
近くの衣張山に続く登山道とのことだが長く廃道になっているらしい。


来た道を戻り、太鼓橋の下の部分に続く道を探した。
使われなくなって久しいハイキング道を戻り、太鼓橋の下に回りこむ。
 
ここは釈迦堂切通が開かれる以前の道のようだ。

高さ3m程の切通になっていて、扉がつけられていた跡もあるという。

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今は切通の先に道は無いが、崖の風化具合が歴史を感じさせる。
 
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ここで太鼓橋の裏を見ると、やはり踏み板の下には何も無い。
 
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すでに数年、いや十数年放置されている可能性もある。
次はもっと慎重に渡ろう。
 
 
2/6/2551

鎌倉 釈迦堂切通 その4

ここまでの道は植物の侵食はあるものの、特に危ない箇所は無い。
当初から遊歩道としてきちんと整備されていたのだろう。
で、今回一番危険を感じたのは写真の太鼓橋だった。

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高さ4mほどの切通部分にかかっており
一見コンクリート製で大丈夫そうに見える。
が、しかし橋桁以外の渡る部分は木製のため、だいぶ痛んでいるようだ。
踏み抜かないように手すりを掴みながら慎重に渡る。

先には洞穴のような北條時政南邸跡があった。
 
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と、言っても館があったようには思えず砦のような状態である。
これも「やぐら」の跡なのか。
 
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中はかなり広い。
 
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焚火にちょうどいいサイズ (^^;
 
28/5/2551

鎌倉 釈迦堂切通探索 その3

「日月やぐら」の名前の由来になった穴を撮ってみた。
こっちは「日」
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こっちは「月」だと思われる。
 
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藪の中で日がささないため、保存状態は良い。

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戻って展望台に向かって少し登ると古びた東屋があった。
 
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今は周囲の樹が育ってしまい、眺めはほとんど無い。
道の脇にはベンチが残っていて、昔は遊歩道として整備されていたのがわかる。
 
26/5/2551

鎌倉 釈迦堂切通探索 その2

実は登口の少し上に分かれ道があり、写真のように左「日月やぐら」右「展望台・北條時政南邸跡」の標識があった。
切通は左側だったので、そのまま平坦な道で「日月やぐら」を目指す。
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やぐらは南斜面の藪の中にひっそりと残っていた。
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初期のやぐらには納骨のための穴があったとのことなので、このやぐらはかなり古いものらしい。
 
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25/5/2551

鎌倉 釈迦堂切通探索 その1

前回訪れた釈迦堂切通だが、よく見ると上部が平らにみえる。
(ちなみに穴の上部にある窪みは「やぐら」が風化したものらしい)
なんとか上まで行けないかと google map で調べてみると南東に伝北条時政邸跡というのがあり、そこから同じ標高に道が描かれていた。
というわけで、さっそく好天の鎌倉へ。
結果は廃ハイキング道探索になった。

まずは切通を北から越えて時政邸跡の方に向かうが、バリケードで道が塞がれている。
google map には建物が写っているがすでに取り壊され、別の建築計画があるらしい。
バリケードの横は人が通れるよう開いていたのでちょっと失礼して ^^;
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道の最後は広場になっている。
その左手に写真のように立入禁止の標識があり裏側が入口だった。
落石等で危険なため制限されているのだがここは自己責任ということで。。。
ついでにここらは私有地らしいが、史跡でもあるため以前は公開されていたそう。
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石が置かれた階段を登り左に少し歩くと切通の上に出た。
藪のせいで写真ではわかりにくいが下のアスファルト道まで8m程の高低差がある。
この切通が出来るまではこのように尾根を越えていたのだろう。
 
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当初の目的は果たしたのだが、ここには実に多くの遺構が眠っていた。
現在の観光用パンフレットには一切記載されてないと思われる遺跡を辿る。
 
 
21/5/2551

船宿寺 石楠花の森

御所の続きです。

船宿寺の奥は「石楠花の森」となっており淡い花が満開に。
 
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蕾の時は濃い桃色なのだが開くにつれて薄くなるよう。
 
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花の寺と言われるだけのことはある森でした。
 
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8/5/2551

落合 林芙美子記念館

2ヶ月ほど更新をサボっている間にすっかり初夏の陽気になりました。
とりあえず元気です。
遡って2月の話です。

マイミクさんと都内をブラブラ、というわけで落合の林芙美子記念館へ。
昭和の中頃に建てられた家がそのまま保存されており
田舎の親戚の家に来たような懐かしさがあります。
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下の写真は石の流しの台所です。
実家も昔はこのような台所だったのを覚えています。

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庭の風景は古の武蔵野の眺めなのでしょう。
 
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21/11/2550

秩父探訪 その2

鉄オタではないのですが、懐かしい SL を見るとついシャッターを ^_^;
 
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この三峰口駅は古い車両を展示している博物館にもなっています。

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ここからはバスに乗り換えて三峰神社へ。
 
20/11/2550

秩父探訪 その1

# 関東では木枯らしが吹きましたが、ちょっと前の日記が続きます。
 
そろそろ紅葉の時期、ということで埼玉の奥、一山越えれば甲州となる秩父を訪れた。
かの地には有名な三峰神社もある。
神社に向かうロープウェイがあるとのことだったが、点検のため11月末まで休止中。
バスを利用することにした。
(その後、改修に費用がかかり過ぎるとのことでロープウェイは廃止決定に (--;)

池袋から特急で1時間半、飯能までは街並みが続くがそこからは単線の鉱山電車状態で正丸峠を越える。
途中の駅は峠を歩く人々で賑わっている。

終点の西武秩父から秩父鉄道に乗り換え。
窓口で切符を買うと懐かしい硬い切符を渡された。 当然自動改札など無く駅員さんが鋏を入れてくれる。 懐かしいなぁ。
車窓からは武甲山が見えるが、セメントの採掘で激しく削られ痛々しい。
手前のセメント用貨車との風景が秩父の歴史を表しているのだろう。
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鉄路が途切れる三峰口駅に着くとまた懐かしいSLが。
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9/11/2550

加茂町 当尾の石仏 その6

 岩船寺は初訪だったので本堂や庭をゆっくり眺める。
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縁側は涼しく、思わず寛いでしまう。
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三重塔の隅鬼も可愛い。
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桃色の花が青空に映えていた。
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再び浄瑠璃寺に戻るのだが、別ルートを選択したため途中不安になるほどの杣道だった。
途中の坂には磐座と思われる八畳岩が。
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それでもなんとかたどり着き、遅い昼食へ。
7/11/2550

加茂町 当尾の石仏 その5

崖を落ちたのか、わらい仏が彫られた磐は今は傾いている。
真っ直ぐにするとこんな感じ。
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脇には土の中に埋まった眠り仏が。
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わらい仏からは急な階段が岩船寺へと続いていたが、そっちは帰りに通ることにして大回りして坂を登る。
寺を周る道の下には一願不動こと不動明王像があった。
一つだけ願いを叶えてくれるお不動さんとして信仰が厚いようだ。
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山道を抜けると岩船寺の正面に出た。
寺前の食堂でしばし休んで岩船寺へ。
綺麗な三重の塔が印象的だった。
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6/11/2550

加茂町 当尾の石仏 その4

大門仏谷から引き返して岩船寺方面に向かう。

・途中の田圃は金色。
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・森の中には境内が苔に覆われた春日神社。
 緑と朱のコントラスト。
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・少し坂を登ると一番有名な「わらい仏」に着いた。
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2/11/2550

加茂町 当尾の石仏 その3

静かな集落を抜け当尾最大の石仏、大門の仏谷を目指す。
が、看板は見つけたが道が見当たらない。
夏草の勢いに負けたのか、草薮に埋もれていた。

・少し早い彼岸花
・大門の仏谷
 近づく道も草に覆われて見えない
・かぼちゃの花?
 
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29/10/2550

加茂町 当尾の石仏 その2

20年ぶりぐらいの撮影会(当時は集撮とか言ってた)で、なかなか写真が撮れない。
集落の中をのんびり歩きながら石仏を巡る。

・首切地蔵脇の石仏
・森の中の春日神社は小社ながら風情がある。
・大門石像群は近くの石仏、石塔を集めたもの。 その多さに驚いた。
 
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26/10/2550

加茂町 当尾の石仏 その1

mixi のマイミクさんと石仏を撮りに行こうと奈良と京都の境、加茂町の当尾(とおの)へ。
浄瑠璃寺から岩船寺まで往復することになった。

写真は、「ミニトマトに見えた花茄子」、「藪の中三仏磨崖像」、「首切地蔵」
 
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21/10/2550

足柄山 夕日の滝

ゆっくり富士を眺めたかったがバスの時刻もあり、早めに地蔵堂まで戻った。

そこから5分ほど歩くと金太郎の生家跡や遊び岩の伝説が残っている集落だ。
遊び岩は田圃の中に鎮座している。

またまた坂を登ると夕日の滝にでる。
落差20m程でそう高くはないが、台風の余波でかなり激しい水飛沫が上がっていた。
しばらく流れに足を漬け涼んだ。
ついでにブレスも水浴び。

ゆっくりした後はまたバスと大雄山鉄道で小田原へ。
昔行っていた釜飯屋は最近店を閉めたそうで残念。
仕方ないので鎌倉に寄り道してまたまたソンタクで夕飯 (^^;

丹沢方面にも水が綺麗な場所がありそうなのでまた探索せねば。
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