3/2/2552
少し降りると金時神社の奥の院に。
奥の院といっても磐座がどん!とあるだけのシンプルなもの。
ここからは岩だらけの階段を辿って本殿へ。
正確には「公時神社」と書くようだ。
さすが金太郎を祀ってるだけあって
大きなマサカリが奉納されていた。
ここからはバスで強羅、登山電車で湯元に降りたが
さすが連休の夕方、ラッシュ並みの込みかただった。
次回は日帰り温泉に寄って時間をずらそう。
29/8/2551
木の根の崖を越えたところで初めて人とすれ違う。
若いカップルで、反対側から人が来たことに安心したらしく
ホッとした表情になっていた。
木陰はすでに薄暗くなっていたので不安だったのだろう。
そろそろ日も暮れてきたのでこちらも先を急ぐ。
10分ほどで見晴台に。
ここが南端で、茅ヶ崎方面が見渡せる。
曇ということもあり。景色はイマイチ。
なぜか首の無い地蔵さんが2体祀られていた。
その後は急な階段で出雲神社へと降りることができた。
鎌倉駅まではバスで2停留所と近い。
写真は三峰権現を祀っている摂社。
涼しくなったら再訪予定。
今度はゆっくり歩きたい。
12/8/2551
新しい社の中には古びた祠が。
稲荷社にしてはアッサリとした印象。
奉じられた狐像も凛々しい。
で、裏に回るとやっぱり穴が。
「やぐら」とも思えないが人工的な印象も受ける。
中には壊れた石の小祠がぽつんと残っていた。
ここから道は急な崖を登り、稜線へと続くが
久しく歩く人がいないようで
蜘蛛の巣を壊しながらの行軍となった。
7/8/2551
# まだまだ6月の話
梅雨休みの鎌倉は蒸し暑く、汗をかきながら歩く。
今回も Google Map で変わった道を見つけたので探索。
その道は「岐れ道」バス停から丘を登り
2km程南へ延々と尾根に続くよう描かれていた。
登り口には朱色の鳥居が立ち、稲荷神社があることを示している。
少し登ると変形した鳥居と大蔵稲荷と書かれた社があった。
20/5/2551
連休中、縁ある神社の御田(おんだ)祭に参列。
稲作の仕事始めに豊作を祈願したのがはじまりだとか。
五月晴れの中、心地よい風の吹くお祭りでした。
直会でくつろいだ後は南にある船宿寺へ。
ここは花のお寺として有名で、境内はカラフル。
吹流しがよく似合う。
19/5/2551
切通からの帰り道に足を伸ばして源頼朝の墓へ。
鎌倉幕府の創始者のはずが非常に質素なものだった。
普通、お寺の中で一族の墓石の中にあるような墓を想像していたのだが、丘の中腹にぽつんと立っている。
地図をみるとこの辺りは法華堂跡ということで、昔は大きなお寺があったのかもしれない。
次は鶴岡八幡宮の摂社、新宮神社へ。
本社の後ろに建っており奥宮のような風情がある。
google map には一本北側の道に小さな隧道が描かれており、そこまで探索したかったが暗くなってきたためあきらめた。
16/5/2551
4月の半ばに訪れた鎌倉。
桜は終わっていたが古都らしく花が多い。
まずは後醍醐天皇の皇子、護良(もりなが)親王が幽閉されていた土牢がある鎌倉宮へ。
格子越しの土牢は手前しか見えず、残念。

少し南へ下って釈迦堂切通へ。
道路の舗装が無くなると大きな切通の下へ出る。
穴の高さは10m程度、上の尾根までは15mぐらいか?
日本最古の隧道?
壁には横穴があり供養塔が収められている。

名前の由来は近くに釈迦堂があったためで、その本尊は今は目黒行人坂の大円寺に安置されているという。
急に身近のお寺が出てきて驚いた。
9/5/2551
記念館を出て坂の街を散策。
一の坂から七の坂まで古い坂には番号がついている。
七の坂を上がった丘の上には御霊神社が。
由来は無いが疫病除けだろうか。
古い狛犬が金網に囲まれている。
手前の狛犬は背景が豪快。
富士見坂にも上ったがマンションで富士山は見えず。
そのまま新目白通りに下りて、いつもの Cafe 杏奴でお昼。
その後は代官山の奈良iスタジオに寄り
「鹿男あおによし」の葉書セットをゲット。
学芸大学の「みどりえ」で豆乳鍋。
2月終わりにしては暖かい一日でした。
11/12/2550
立派な山門をくぐる。
ようやく三峰神社、本殿へ。
東照宮を思わせる華麗な建物。
境内の外れから奥宮が遥拝できる。
写真中央、少し飛び出した岩山が奥宮。
片道一時間はかかると聞き、この日はあきらめた。
ここからの景色は山、又山。
その間に秩父盆地が見える。
遥拝所から杣道を少し入ったところには謎の小祠が。
いったいどなたをお祀りしてるのやら。
4/12/2550
バスに30分ほど揺られてようやく三峰神社前へ。
途中、狭すぎて信号機がついているトンネルやダムサイトの上などかなり強烈な道を通るので車に弱い方には辛いかも。
ロープウェイが廃止にならなければこんな苦労は無かったのだが。
神社は標高千メートルを超えた頂上にあるため紅葉が始まっていた。 (10/21)
山門(神社では珍しい?)も立派。
でも何故か手前には奈良の大神神社の三鳥居が。
三輪と関係があるのでしょうか?
狛犬は犬がお使いなだけあってリアル。
23/10/2550
九段での仕事が早く終わったので、ちょっと探索。
ある意味日本で一番有名な神社。
境内は綺麗に整備され、「お金かけてます」というのが良くわかる。
拝殿に早足で向い、そそくさと参拝。
警備員が居ると落ち着かないのは日頃の行いのせいか (^^;
脇の元宮付近だけ風情があったが、暗すぎて手振れ。
こっちは再訪したい。
28/9/2550
大船駅に戻ると観音様がお出迎え。
山道用の小さいバスに乗り換えて源氏山入口へと向かう。
バス停から15分ほど歩くと銭洗弁財天に出た。
トンネルを潜ると洞窟の前にでる。
窟の中には水が湧いており、ここでお金を洗うとのこと。
休日なので多くの参拝客が多い。
洞窟の上からから水が湧いており水神が祀られている。
しかしお堂の中はどう見ても「やぐら」である。
お墓がいつの間にか神様になるのは、、、
祭壇の紋章を見てつい「ゼルダの冒険」を思い出した人はゲーマーですな (^^;
ハイキング道を辿って本堂を上から眺めたり、そのままになっている「やぐら」を眺めたり。
街中に近い源氏山だがタイムカプセルのように刻が止まっている。
20/9/2550
夏休みの天川レポート その4
この御社は古い拝殿を移築したとの話もある。
由来等の案内板は一切無いのが不思議だ。
社殿の前は川が合流してダムにつながり、エメラルドグリーンの水面が広がっている。
17/9/2550
夏休みの天川レポート その3
天川村に入ったところの「かどや」でお昼ご飯。
あまごの塩焼きを頂いたが、大将の元気な声が心地よい。
まずは目的の弁財天へ。
三々五々お参りするが拝殿と舞殿(?)が屋根でつながっているので暗く、今回も写真はあきらめた。
写真は手前の摂社。このあたりの雰囲気は好きです。
そこそこに近くの禊殿へ移動。
こちらは川の合流する傍にあり、元宮と言われるのも頷ける。
本社よりずっと明るく感じられた。
(ここでは便宜的に禊殿と呼んでいるが、現地には名称を表示するものは何も無かった)
16/9/2550
夏休みの天川レポート、その2
御歳神社を出発して国道309号を南下。
吉野川を越えて、山に分け入ったところにある下社に参詣。
丹生川上神社には上中下の三社があるが、同行者達によるとここが一番とのこと。
一般人の私にはよくわかりませんが (^^;
写真は、境内の神木、上部にある本殿に向かって伸びる階段、緑陰。
そろそろお昼も近いので長いトンネルをくぐって天川へ。
なんかレイアウトが変なんですが、、、直らないですね。
とりあえず。
夏休みの天川レポート、その1
関西からのお別れ(?)オフということで、涼しい天川へ行くことに。
集合場所は葛城の御歳神社。
朝から暑い日だったが、境内の木陰に山百合が沢山咲いている。
清楚な花がこの神社に似合っている。
6/9/2550
ソフトクリームを食べた後はちょっと北にある奈良豆比古神社へ。
ここも歌姫街道の添御縣坐神社と同じく境の神様のよう。
拝殿前では地元の方が世間話で盛り上がっていたので神社の写真は遠慮して裏手に回った。
裏には御神木の大きな楠が。
辺りは小さな森になっていて奈良阪を越える旅人が足を休めた雰囲気が残っている。
こういう場所が残っているのが奈良の良いところと思う。
27/8/2550
蔵王峠を過ぎると紀ノ川の谷が見渡せる絶景にでる。
下る途中、妙見神社の看板を見つけ少し西へ進むと北辰妙見神社があった。
11/7/2550
子供の保護者会のついでに近所を探索。
神功皇后陵南側の小山に八幡神社がある。
どうやらこの山も陵の陪塚らしい。
綺麗な拝殿と本殿が並んでいる。
太陽と月の透かしがある変わった社は玉依媛命を祀ったもの。
すぐ下を近鉄特急が駆け抜けていった。
8/6/2550
週末のキャンプが2件、両方とも山添村でバッティングしてしまった (^^;
まずは布目ダム脇に顔を出したが、手前の丹生神社に寄り道。
前から気になっていた丹生の地名だが、確かに回りは赤土が多く土地が痩せているのかお茶の生産が盛んなようだ。
神社はかなり風情がある。特に手前の舞殿と紅葉は秋に再訪してみたくなった。
小さな祠は岩戸神社。