6/2/2552
読みにくい名前ですが
小町通からちょっと入ったところにあって
いつも混んでるカフェです。
パフェ・ディモンシュは珈琲づくし。
これで600円だったかな。
ゴーフル(ワッフル)も美味しいです。
歩き疲れた身体に甘さが沁みます。
21/1/2552
山頂に着いたのは2時過ぎ。
このまま引き返しても足柄峠のバスには間に合わず
麓まで歩くと日が暮れる。
そこで金時茶屋の大将にどうすればいいか尋ねると
仙石原に向かって降りるとバスが頻繁に走ってるとのこと。
図らずも縦走になった。
途中、金時神社方面に降りたがかなり道が荒れており
木の根っこを越えながら進む。
傾斜が緩やかになった所に大きな磐があった。
金時宿り石というらしい。
伝説では金太郎は山姥にこの磐の下で育てられたという。
確かに磐の下は岩屋になっている。
で、支えている木に意味はあるのか? (^^;
19/1/2552
空には飛行機雲。
だらだら進んでいるといきなり林道が途切れ、急な崖に。
最後の1kmは岩場でロープに捕まりながら登る道。
休むついでに木立からの富士山。
紅葉は始まったところで見頃はもう少し先か。
なんとか頂上にたどり着き、金時茶屋で遅い昼食。
まだ3時なのだが、空が少し赤くなってきている。
遠くには芦ノ湖が。
来た道を戻ると日が暮れると言われ
仙石原に降りる。
途中は熊笹の中の道。
15/1/2552
# 昨年11月頃の日記です。
久しぶりの休日の晴天、ということで富士山眺めに。
小田原から大雄山線と路線バスで足柄峠へ。
ここから金時山への道は林道として整備されているので
舗装路をしばらくだらだらと歩く。
途中、木立が切れているところから富士山が見える。
まだ冠雪してないのがちょっと残念だが
優美な姿はやはり不二と呼ばれるだけある。
林道脇には秋の花が。
10/12/2551
五代松鍾乳洞のモノレールは帰りのほうがずっと怖い。
というのも車両の向きを換えることができないので
そのまま後ろ向きに急坂を下りることになる。
ツアーの最後は、みたらい渓谷へ。
洞川から続く山上川が弥山川に合流する豪快な渓谷。
磐の上で瀧と淵を作りながら流れていく水。
渓谷の岩場でしばし午睡。
上には夏空。
また来年、この川と空を見に行かねば。
帰りには
美味しい中華料理屋に寄って
帰宅しました。
9/12/2551
モノレールで上の駅に着いたあとは
案内のおばちゃんの先導で鍾乳洞へ。
「ヘルメットは被ったままでな」と言われて
入った穴は狭く、確かにメットが必要。
入り口部分は手掘りで広げたらしい。
近所の面不動鍾乳洞に
比べると短いが洞内の様子はなかなか。
おばちゃんの説明も年季がはいってます。
モノレールの予約がすぐに一杯になるので
行かれたい方は天川に着いたらすぐ予約してください。
ごろごろ水の茶店で予約できます。
8/12/2551
予約時間が近づき、あわてて五代松鍾乳洞の下の駅(?)へ向かう。
ここからモノレールに乗るのだが
ご覧の通り農作業用のやつ ^^;
定員も一つの席に二人乗って8人。
これでは予約で一杯になるはずである。
森の中、かなりの急勾配を登る、登る。
途中、苔むした磐が。
なかなか楽しいモノレールだった。
# まだ夏の日記です。
昨年に引き続いて天川ツアー。
恒例の丹生川上神社下社にご挨拶、川合交差点そばの食堂で昼食。
(あまごが無くて大和地鶏すき焼風丼でした)
まずは洞川の五代松鍾乳洞に向かうが
モノレール(?)の予約が一杯で15時半まで待つ事に。
ならばその間に、というわけで
弁財天近くの坪内谷の渓流で水遊び。
上には夏空。
渓流で半身浴 ^^;
森の中の水はかなり冷たい。
坪内谷の森と清流。
ここから上流には人が住んでいないので
流れる水は澄んでいる。
7/9/2551
宿の夕飯は鍋。
さすが標高1000m越え、エアコンが無くても鍋ができる ^^;
雲に隠れることが多い乗鞍岳だが
珍しく姿を現した。
白い残雪が美しい。
以前はあそこまで登れたのだが
今はマイカー規制でバスやタクシー以外は
通れないのが残念。
参加者のバイク。
3/9/2551
7月終わりの信州の夏空。
緑の山からどんどん雲が湧いてくる。
空を観ているだけで飽きない。
上の写真の山は八ヶ岳。
走行中に撮りました。
残りは乗鞍高原。
5/8/2551
# まだまだ6月の出来事です。
紫陽花の見頃というわけで鎌倉は大混雑してます。
ホームは人で溢れ、お店のご飯は売り切れ、、、
それでも時間をずらして場所を選べば静かな街並が。
というわけで、紅葉山の麓の紫陽花。

最後の写真はおまけです。
見事なゼルダの紋章!
22/5/2551
船宿寺の後は南側の小山、船岡山に登る。
山と言っても30m程の小さな丘だが丘陵全体を使って四国八十八箇所が作られている。
大正時代に作られたらしいのだが、名前と場所から船宿寺の縁者が作ったものかも。
写真は傾いた札所と頂上に鎮座する金比羅神社。
だいぶ痛んでいるがまだお参りする方がいるようで参道にも手がはいっている。
もっと荒れていると聞いてたのでちょっと安心。
解散したあとは新庄の宇宙画廊 sora で一服。
相変わらず照明の美しい店だ。
13/5/2551
嘘です。
知人の慣らしに便乗して伊豆に行ったときの写真です。
左のMT、久しぶりに運転しましたが
怖かったです~
24/2/2551
写真のように入り口付近は天井も高く、足元も歩きやすいところが多い。
今は地震の観測装置が置かれている。
奥に進むと深い部分に水が溜まり、地底湖のようになっている。
青い水が幻想的だったが、私の腕ではうまく撮れない。
静かな坑内に水滴の落ちる音が響いていた。
この後、もっと深い坑道に案内されたが
膝あたりまで水があるとのことで入洞はパス。
近所の温泉で暖まり夕食後、解散した。
盛り沢山の一日を過ごし、翌日は筋肉痛に。
日頃の運動不足を痛感 ^^;
22/2/2551
地元の方の案内で河津町へ。
こちらでは江戸時代から採掘を続けられた石切り場跡へ向かう。
青くて柔らかい河津石は浴室や石塀用の石材として古くから使われていたそう。
町役場から少し入った道路脇に穴がぽっこり開いている。
今はまったく使われてないとのことだが特に立入禁止の措置もとられていない。
ここは30m程で埋められているが、道を登り杣道に入ると大きな入り口が隠れていた。
高さ5m程の坑口だがここもすぐ行き止まり。
反対側にも穴があるので搬出道も兼ねて掘られていたのかも。
次の穴も10m程度の高さがある。
石の切り方の正確さに感心しながら奥へと足を踏み入れた。
18/2/2551
次の廃トンネルは坑口がほとんど埋まっています。
なので入るにはこういう状況に。。。。
入ってみると20m程で大崩落しており
それより先に進むことはできませんでした
内部の湿度の高さでまともに写真も撮れません。
トンネルの反対側は崩れそうで危険ということで
廃道探索はここまで。
次は河津の古い石切り場に向かいました。
13/2/2551
先日は雪の東京でしたが2月2日は暖かい伊豆での某オフ会に参加してきました。
どういうオフ会かというと廃道、廃隧道、廃鉱山を見学するという濃いものです ^^;
まずは廃道へ。
ここは昭和53年の地震で国道が埋まり、そのまま廃止された道です。

トンネルの出口を見ると落ちてきた土砂の多さがわかります。
トンネルの中には地震で取り残された車が。
外側の鉄板が錆び、プラスチックとゴムが残っています。

標識の下にはアスファルトが残っていました。
この10m程上に現在の国道があり、観光の車が行き交ってます。
16/9/2550
記事を消したら元に戻りました (^^;
ということで、再掲載。
今度は佐保の珈琲屋、豆蔵からの帰りに。
廃墟となったジェットコースターから月を登ってきた。
使った Kodak V705 はなかなか味があっていい感じ。
UI は悪いけど (^^;
20/6/2550
蛍が出始めたということで、山城のJR多賀駅から東へ南谷川を遡る。
まだ出始めなのでちらほらとしか見ることが出来なかったので写真も分かりづらい (^^;
またリベンジせねば。
おまけは駐車場で発見した三菱の最高級車デボネア。
20年程まったくモデルチェンジしなかったため、「走るシーラカンス」と呼ばれた車です。