21/1/2552
山頂に着いたのは2時過ぎ。
このまま引き返しても足柄峠のバスには間に合わず
麓まで歩くと日が暮れる。
そこで金時茶屋の大将にどうすればいいか尋ねると
仙石原に向かって降りるとバスが頻繁に走ってるとのこと。
図らずも縦走になった。
途中、金時神社方面に降りたがかなり道が荒れており
木の根っこを越えながら進む。
傾斜が緩やかになった所に大きな磐があった。
金時宿り石というらしい。
伝説では金太郎は山姥にこの磐の下で育てられたという。
確かに磐の下は岩屋になっている。
で、支えている木に意味はあるのか? (^^;
19/1/2552
空には飛行機雲。
だらだら進んでいるといきなり林道が途切れ、急な崖に。
最後の1kmは岩場でロープに捕まりながら登る道。
休むついでに木立からの富士山。
紅葉は始まったところで見頃はもう少し先か。
なんとか頂上にたどり着き、金時茶屋で遅い昼食。
まだ3時なのだが、空が少し赤くなってきている。
遠くには芦ノ湖が。
来た道を戻ると日が暮れると言われ
仙石原に降りる。
途中は熊笹の中の道。
15/1/2552
# 昨年11月頃の日記です。
久しぶりの休日の晴天、ということで富士山眺めに。
小田原から大雄山線と路線バスで足柄峠へ。
ここから金時山への道は林道として整備されているので
舗装路をしばらくだらだらと歩く。
途中、木立が切れているところから富士山が見える。
まだ冠雪してないのがちょっと残念だが
優美な姿はやはり不二と呼ばれるだけある。
林道脇には秋の花が。
20/12/2551
境内にある観光地図を見ると目的地よりずっと南だった。
急いで滑川沿いを北上し、東勝寺跡を目指す。
住宅地を抜け、なんとか日没前に寺跡へと着く。
ここが鎌倉幕府、北条家の終焉の地。
新田義貞らに攻められ北条高時が切腹したとの伝説が残る「やぐら」。
真新しい卒塔婆が立てられ今も手厚く祀られている。
ゆっくりと夕闇が迫ってくる。
やぐらのからはぽっかりと空が見えた。
締めはソンベカフェでアジア風冷麺。
これはお勧め。
19/12/2551
妙本寺の北側に回ると「蛇苦止堂」という変った名前のお堂が。
比企氏が滅ぼされた折に一族の若狭の局が井戸に身を投げ
その祟りで50年後の北条家の娘が苦しんだとか。
その苦しみを止め菩提を弔うために建てられたお堂だとか。
この写真がその井戸だろう。
17/12/2551
雨で長いこと探索に行けなかったが
この週末は予報に反して晴れ時々曇り。
前回の残課題(腹切りやぐら)を目指して出発。
ところが事前に地図を見ず、あてずっぽうに山へと向かったら
大きなお寺に出た。
案内板には妙本寺と出ている。
比企一族の終焉の場所らしい。
立派な山門や本堂を観ながら奥に進むと
やはり「やぐら」があった。
佐竹矢倉の名称がついている。
ここは金網で塞がれていて内部は見えない。
10/12/2551
五代松鍾乳洞のモノレールは帰りのほうがずっと怖い。
というのも車両の向きを換えることができないので
そのまま後ろ向きに急坂を下りることになる。
ツアーの最後は、みたらい渓谷へ。
洞川から続く山上川が弥山川に合流する豪快な渓谷。
磐の上で瀧と淵を作りながら流れていく水。
渓谷の岩場でしばし午睡。
上には夏空。
また来年、この川と空を見に行かねば。
帰りには
美味しい中華料理屋に寄って
帰宅しました。
9/12/2551
モノレールで上の駅に着いたあとは
案内のおばちゃんの先導で鍾乳洞へ。
「ヘルメットは被ったままでな」と言われて
入った穴は狭く、確かにメットが必要。
入り口部分は手掘りで広げたらしい。
近所の面不動鍾乳洞に
比べると短いが洞内の様子はなかなか。
おばちゃんの説明も年季がはいってます。
モノレールの予約がすぐに一杯になるので
行かれたい方は天川に着いたらすぐ予約してください。
ごろごろ水の茶店で予約できます。
8/12/2551
予約時間が近づき、あわてて五代松鍾乳洞の下の駅(?)へ向かう。
ここからモノレールに乗るのだが
ご覧の通り農作業用のやつ ^^;
定員も一つの席に二人乗って8人。
これでは予約で一杯になるはずである。
森の中、かなりの急勾配を登る、登る。
途中、苔むした磐が。
なかなか楽しいモノレールだった。
# まだ夏の日記です。
昨年に引き続いて天川ツアー。
恒例の丹生川上神社下社にご挨拶、川合交差点そばの食堂で昼食。
(あまごが無くて大和地鶏すき焼風丼でした)
まずは洞川の五代松鍾乳洞に向かうが
モノレール(?)の予約が一杯で15時半まで待つ事に。
ならばその間に、というわけで
弁財天近くの坪内谷の渓流で水遊び。
上には夏空。
渓流で半身浴 ^^;
森の中の水はかなり冷たい。
坪内谷の森と清流。
ここから上流には人が住んでいないので
流れる水は澄んでいる。
7/9/2551
宿の夕飯は鍋。
さすが標高1000m越え、エアコンが無くても鍋ができる ^^;
雲に隠れることが多い乗鞍岳だが
珍しく姿を現した。
白い残雪が美しい。
以前はあそこまで登れたのだが
今はマイカー規制でバスやタクシー以外は
通れないのが残念。
参加者のバイク。
3/9/2551
7月終わりの信州の夏空。
緑の山からどんどん雲が湧いてくる。
空を観ているだけで飽きない。
上の写真の山は八ヶ岳。
走行中に撮りました。
残りは乗鞍高原。
29/8/2551
木の根の崖を越えたところで初めて人とすれ違う。
若いカップルで、反対側から人が来たことに安心したらしく
ホッとした表情になっていた。
木陰はすでに薄暗くなっていたので不安だったのだろう。
そろそろ日も暮れてきたのでこちらも先を急ぐ。
10分ほどで見晴台に。
ここが南端で、茅ヶ崎方面が見渡せる。
曇ということもあり。景色はイマイチ。
なぜか首の無い地蔵さんが2体祀られていた。
その後は急な階段で出雲神社へと降りることができた。
鎌倉駅まではバスで2停留所と近い。
写真は三峰権現を祀っている摂社。
涼しくなったら再訪予定。
今度はゆっくり歩きたい。
20/8/2551
尾根の細道を抜けるといきなり遊歩道に出た。
振り返って撮った写真。
今では通行禁止で黄色いテープで塞がれている。
ここも廃道でしたか ^^;
そこまで危険な道とは思えないが
眺めが悪いせいもあり、あまり楽しい道ではなかった。
最初、東勝寺跡にある「高時腹切りやぐら」方面に降りたが
登り返すのが面倒で、このやぐららしきもので
引き返した。
ここも赤い祠が祀られている。
南の八雲神社方面に尾根道を辿ったが
途中、根っこの崖の上に。
まともには降りれないので左に見えるロープを伝いながら進む。
なかなかアトラクション(?)の多い遊歩道かも。
12/8/2551
新しい社の中には古びた祠が。
稲荷社にしてはアッサリとした印象。
奉じられた狐像も凛々しい。
で、裏に回るとやっぱり穴が。
「やぐら」とも思えないが人工的な印象も受ける。
中には壊れた石の小祠がぽつんと残っていた。
ここから道は急な崖を登り、稜線へと続くが
久しく歩く人がいないようで
蜘蛛の巣を壊しながらの行軍となった。
7/8/2551
# まだまだ6月の話
梅雨休みの鎌倉は蒸し暑く、汗をかきながら歩く。
今回も Google Map で変わった道を見つけたので探索。
その道は「岐れ道」バス停から丘を登り
2km程南へ延々と尾根に続くよう描かれていた。
登り口には朱色の鳥居が立ち、稲荷神社があることを示している。
少し登ると変形した鳥居と大蔵稲荷と書かれた社があった。
5/8/2551
# まだまだ6月の出来事です。
紫陽花の見頃というわけで鎌倉は大混雑してます。
ホームは人で溢れ、お店のご飯は売り切れ、、、
それでも時間をずらして場所を選べば静かな街並が。
というわけで、紅葉山の麓の紫陽花。

最後の写真はおまけです。
見事なゼルダの紋章!
4/8/2551
# 6月の出来事です。
渋谷のタワーレコードにザッハトルテのインストライブを観に。
説明が難しい彼らの音楽ですが
「Cafe Music」とでも言いましょうか
アコーディオン、マカフェリギター、チェロの3人で
ヨーロッパのカフェなイメージの曲を演奏します。
昨日に比べて今日は30人以上来てます ^^;
思ったより男が多いのが不思議~
4曲と言う短いライブでしたが
楽器紹介や恒例(?)の手品コーナーもありの盛り沢山でした。
本人達の撮影許可もありましたので
YouTube にあげてみました。
あの空に虹を。。。
仔象のダンス
26/6/2551
まだ林の中に史跡が残っているようだったが
日が傾き薄暗くなってきたので退散。
途中に全体の説明と案内板があった。
800年前はどのような景色だったのか。
案内板の下に描かれている山荘はすでに取り壊されている。
階段を降りるとぽっかりと空地。
周囲にはやぐらが点在している。
お墓に囲まれた山荘には泊まりたくない。
すでに空は色を失っていた。